2019年4月28日放送。ショパン・時空の旅人たち8 (2018年ショパン国際ピリオド楽器コンクール)『ファイナルで弾き慣れないブッフホルツを選択。しかし…』

二次予選が終わり、ホッとするのもつかの間。すぐさま始まるのはファイナルのピアノ選定。ファイナルは大ホール。しかもオーケストラとコンチェルトを演奏します。

川口成彦さん。
「本当にここで弾けるとは思わなかった。大感激です。ちょっと夢みたいな話になってきちゃった。どうしよう。」

選定は4台のピアノから。ショパンが最も愛したプレイエル。年代の異なる2台のエラール。そしてワルシャワ時代の複製楽器ブッフホルツ。

そして今までの予選とは違い、オーケストラとの音のバランスなども考慮する必要があります。

「全然印象が違いますね。実際一番コンチェルトで効果的なのはエラールだと思う。プレイエルは良いけれど、音がこもっている。ブッフホルツは音量がすごい小さい。だけど音のシェイプがはっきりしてる。一番無難なのはエラールですけど、僕はブッフホルツにしようと思って。」


川口さんがブッフホルツに惹かれる理由。それは演奏する協奏曲が、ワルシャワ時代の若きショパンによって作られたものだから。

ブッフホルツはショパンが少年時代から愛用し、長い時を過ごしたピアノ。たくさんのインスピレーションもらっているはずです。

「悩むな、やっぱり。ブッフホルツは難易度高いし難しい。どうにか慣れれば。」

ブッフホルツの問題は鍵盤が細く、軽い事。他のピアノに比べて、指の運びは極めて難しい。

「僕は明日、一日中弾き込めるならブッフホルツで弾きたいけれど、練習が必要。あの鍵盤の細さに慣れなきゃ、速いパッセージのところで全部外れちゃう。」

コンクールスタッフの人に
「明日ブッフホルツで練習できますか?」と尋ねる川口さん。

ブッフホルツは複製して蘇った、たった一つしかないピアノ。主催者側も簡単にはアレンジできません。

スタッフ「グラーフなら提供できます。」

グラーフはブッフホルツと似た構造のピアノで、鍵盤のタッチも近い。

それでも川口さん
「ブッフホルツで練習したい。 挑戦したいです。」食い下がります。

「みんな上手いから。みんな上手すぎるから。そこで正攻法でやっても意味ないなと思って。クションジェクさんなんか何回もコンチェルトやって、場数踏んでるし。僕はフルオケとやるのは6年ぶりで。いつも室内楽だったし。自分のやりたいことをやるべきだと思って。」


一方ブッフホルツの完成記念コンサートでソリストの大役を務めたクションジェクさん。彼が選んだピアノは、意外にもエラールでした。

「ブッフホルツは一番難しいです。メカニズムが全く違いますから。エラールは大きなホールで最適な効果を得られるピアノだと思ったからです。」



翌朝早くから川口さんはグラーフでの練習に取り掛かります。

6名のファイナリストの中でブッフホルツを選んだのは川口さんただ一人だけ。

「 ブッフホルツにして良かったと思えてきた。これじゃなきゃ近づけない。この楽器を弾いていて、まだワルシャワ時代のショパンは、お父さん世代の音楽に半分は染まってるんじゃないかなって。そういうアプローチも面白いかな。」

まだ世界を知らない19歳のショパンが書いた協奏曲。若き日の彼と同じ時を過ごしたブッフホルツだからこそ、見えてくるショパンがあるのではないか。

「どんな人間にしろ、やっぱり小さい頃からの姿を知っていて、その変化を知るとその人を理解できる。音楽を通して、やっぱりショパンと出会える。ショパンと話もできないし、ショパンと一緒に小学校生活を送ったわけでもないし。そういう近しい距離ではないけれど、全部自分の想像だけど、ショパンという人間が音楽を通じて接することができるから。彼の生きた時間軸を見てみたい。」

ファイナルのリハーサルが始まりました。今日はオランダの18世紀オーケストラ。古楽器オーケストラとしては世界最高峰のグループです。

チェロもエンドピンがなくて膝で抱えるバロックチェロです。

地元が同じオランダ楽団に憧れ、コンサートに足繁く通う内に親しくなった川口さん。

「心強いです。ずっと夢に見てきた18世紀オケと一緒に演奏するって言うの。でも逆にみんなをがっかりさせないようにしなきゃ。」

タクトを振るのは世界的指揮者グジェゴシュ・ノヴァクさん。

川口さん『ワルシャワ時代のショパンが親しんでいたような、軽やかで柔らかい音楽にしたい』と提案しました。

人生で初めての大舞台、そして憧れのオーケストラとの共演。でも気がかりは弾き慣れないブッフホルツの鍵盤。その日の深夜、 川口さんからスタッフの元に一通のメッセージが。ピアノを急遽帰ることにしたという。

「あんなにもブッフホルツへのこだわりを語っていたのにすみません。悔いのないショパンコンクールにするために音楽に没頭できるプレイエルにします。」

ファイナル当日の朝。

「楽器を変えたのですみません。ちょっと自分でも想像を超えた緊張があって。 とてもじゃないけど勇気が。」

前日のリハーサルの後、ブッフホルツへの鍵盤への不安が拭えず演奏経験の多いプレイエルへの変更に踏み切ったという。

「僕の今のこの精神状態で早いパッセージの部分は弾けない。絶対ここの最後で本当に手がパニックになるんです。」

「僕はファイナル通った時に『もういいや』と思ったんです。ブッフホルツでボロボロになって、みんなの笑い者になってもいいや、と思ったんです。だからショパンの音楽をぶっ壊してでも、とにかくワルシャワでブッフホルツの楽器でショパンを弾く、っていうそのパフォーマンスに憧れてたんです。」


「だけどやっぱりやってくうちに『崩壊したくない』と思った。そんなのあまりにもショパンに失礼だし、音楽家としても失格。一人の夢を抱く青年としていいのかもしれないけど、一人のピアニストとしてはそういうのが想定されているにも関わらず、何でその楽器を選んだんですか?って。」

「ブッフホルツよりプレイエルだなって思った。ブッフホルツは僕にはまだ早い。ブッフホルツを諦めたというのもある意味ブッフホルツへのリスペクトがあるから。」

果敢な挑戦に満足するのではなく、納得できるショパンの音楽を奏でたい。川口さんの表情に迷いはありません。

さぁいよいよファイナルがはじまります。
長くなってすみません。次でいよいよ完結です。続きはまた明日。

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