2020年1月2日放送 “わたし”という名の楽器その3(第88回日本音楽コンクール・ドキュメンタリー)

昨日からの続きです。

「おはようございます。」

初めての挑戦で本選出場を果たした26歳の奥秋大樹さん(バス)。プロの合唱団に所属しながらオペラ歌手を目指して研鑽を積んでいます。

バスが主役を演じるオペラは決して多くありませんが、奥秋さんは本選のためにとっておきの曲を用意していました。

ロシアの作曲家、ラフマニノフのオペラ『アレコ』から“月は高く”。

青年貴族のアレコは自分の居場所を求めてロマの集落に暮らしています。そこで美しい女性フィーダと結ばれますが、やがて彼女の浮気を知り恨みを募らせていきます。

この曲は誰もが寝静まった集落で孤独に苛まれたアレコが切々と歌うアリア。

奥秋さん
「自分と重ねすぎると良くないんですけど。誰しも少し持ってるような苦しみ。私は私なのに何故ここにいてはいけないんだろうか、私が何か間違ったことをしたのか、誰にも理解してもらえないとか。行きつく場所がないとか孤独とか、そういうところに共感するなと思って。」

アレコの孤独に共感する奥秋さんにとって音楽は特別なものでした。

奥秋さん
「幼少期に母が脳出血で倒れて父親がそのストレスで鬱になったんです。僕も限界で重度のストレス障害で不登校になったんですけど吹奏楽部だけはやらせて欲しいと。」

家にも教室にも居場所がなかったという奥秋さん。中学で始めた吹奏楽が唯一の救いだったそうです。

奥秋さん
「いじめられたりして親も自分の悩みを聞ける状態じゃないし、学校も別に味方ではなかったので音楽だけが自分を保たせてくれた芯になってた。」

唯一の救いだった音楽を続けるため音楽高校に進むと、ずっと嫌いだった低くて太い声を誰もが褒めてくれました。

奥秋さん
「君は絶対に器楽じゃなくて声楽の方がいいって言われて。もともとこの声が好きじゃなかったんですけど、僕は音楽が点滴のようなもので生き長らえたようなものなので、私の体という楽器を使って言葉を使って何ができるのか真剣に考えなければいけない。」

自分の体を楽器にすることを選んだ奥秋さんでしたが、バスは声楽の中でも特に難しいと言われるパート。

レッスンをお願いした岸本力さん。奥秋さんと同じ26歳の時に日本音楽コンクールの覇者となったバスの第一人者です。

岸本先生
「26歳でバスは非常にしんどいです。テノールとかソプラノは楽器が早く成長するんですけど、バスは時間かかるんです。弦(声帯)が太いですから。早くデビューすることは大事なんですけど、焦らないで40〜50をピークに持っていくように自分の声を深みに持っていた方がいいですね。楽器がそういう楽器ですから。」

声楽の中でも他より成熟に時間がかかるバス。深い表現を求めるために岸本先生はロシア音楽の真髄を授けたいと思っています。

岸本先生
オッケーなんだけど、それじゃホールでは伝わらない、綺麗すぎる。バッテンにしていいぐらい自分の魂をぶつけなきゃダメ。もっかいいいかな?」

岸本先生
「ロシア音楽の真髄というのは魂。哀愁、悲しさを感じて、そこを大事に丁寧に歌っていると心に伝わるから。心に来ないと魂に伝わらない。ロシアの原点はそこだから。結果はついてきます。だから結果を求めすぎると軽い音楽になる。それだけはもう守ってほしい。」

曲に対する思いの深さをいかに表現として昇華させるか奥秋さん正念場です。



奥秋さん、普段の話し声もとっても素敵でした。そして私は低音大好きなのでバスの歌声がめちゃくちゃ痺れました。いろんな事が人生で起こり、この曲に対する思いが画面からも伝わってきました。すごい迫力。

たまに器楽コンクールでも弦楽器部門として開催されているものもあり、バイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスが同時に競うこともあります。

そのときにチェロが1位だったりすると、ウォッシャ!と密かに思ったりしますが、コントラバスで第1位を取っていると、どんな曲で演奏だったんだろう?とめちゃくちゃ興味をそそります。

そんなことを思いながら見ていました。そしてコントラバスもバスも低音がたまらんです。

明日に続きます。

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