2019年7月1日放送『最高の音響を求めて。シューボックスかワインヤードか』(1) 理想の残響時間とは?

ドイツで放映されたものをBSプレミアムで放送。

音響設計家がたくさん出てきて、ホールの設計や修復に関わり、いかに上質の音響ホールをつくるかというドキュメンタリー。とても面白かったので紹介。ドイツの放送局が制作したものなので、言い回しなど日本とは違いますが、それもまた面白い。全5回。それではいきますよ。


オーケストラには特別な会場が必要だ。だが良いホールとは、誰がどのように響きをつくるのか。完璧な音響は存在するのだろうか。

我々は多くの音に囲まれている。耳は休みなく働き、音の信号を脳に伝える。眠っている間もだ。騒音は不快だが、音楽は我々を感動させる。

音楽を作るのは音。

良いホールだけが最高の演奏を引き出し、魔法の瞬間を生み出せる。優れた音響空間を求める声は年々高まっている。1998年から2008年には世界で100以上のホールが企画・建築された。


その代表がハンブルクのエルプ・フィルハーモニーだ。壮麗な建物は10年近くの工期を経て、2017年1月にオープン。当初から港湾都市のランドマークにしようと計画され、音響的にも世界最高峰を目指した。音響設計は豊田泰久(とよた やすひさ)さん。ホール音響界の第一任者だ。

豊田さん
「色々な意味で話題性があり、多くの議論を呼んだホールです。この建物の中でも議論を重ねましたし、世界の注目度もおそらく他の方により高かった。」

注目を浴びたのは当然だ。総工費8億6600万ユーロというのは当初の予算の11倍以上。音響設備も独特だった。

1万枚の石膏ボードで作った壁と、白い皮膚のような天井。ホール中に音を響かせる中央の巨大な反射体。建物が完成した後も豊田さんは定期的にホールを訪れ、演奏家やスタッフの意見を聞く。

豊田さん
「ホールの音響は変えられないが、バランスの調整はできます。こうした調整も一つの挑戦です。演奏家たちがホールに馴染めるように様々な方法を考える。演奏家たちが早くなじめるホールもあれば、慣れるまでに時間がかかるホールもあります。」


オープンから1年 NDR エルプフィルの楽員たちはホールの変化に気づいていた。

首席ホルン奏者のイェンス・プリュッカーさん
「第一印象は強烈でした。2016年9月のことです。楽器を出して演奏すると、明るく澄んだ音がした。時を経て少し落ち着いたようです。観客が入ると、より心地よく暖かく響き、空席の時には輝かしく鮮明な音がします。床が変わりましたね。」

首席コントラバス奏者のエッケハルト・ベリンガーさん
「豊田さんの指示で、エンドピンを直接床に挿して弾くのですが、床が楽器の振動に馴染んでよく共鳴するようになりました。」

演奏によって建物が熟成するのか、楽団がホールに慣れるのか。何にせよ、音は舞台と客席の両方で響かねばならない。このホールの響きは非常に明瞭である。


指揮者のヘルベルト・ブロムシュテットさん
「音響は優れています。ある意味、世界最高です。全ての音が聞こえます。演奏中に私が足音を立てたら、ホール中に伝わる。そのくらいよく響きます。ただオケはホールの響きに包まれなければならず、そうなるにはまだ数年かかるでしょう。個々の音だけ聞いて、全体の響きを感じ取れないのは問題です。スタートは上々ですが、まだ学ぶべきことはあります。」

メディアの関心が高いことで、音響技師達は自覚を新たにした。音響こそがホールの決め手なのだと。

ラインホルトさんはミュンヘンの音響技術会社の研究員。シドニーのオペラハウスをはじめ、世界の歌劇場の音響に携わってきた。 音響条件の異なる部屋で実験とテストを繰り返している。

音響設計家ユルゲン・ラインホルトさん
「ここは反響室です。お聞きのように残響が長く、教会のようです。この中で様々な素材の吸音性を測定します。ホールの音響にとって重要なのはイス。イスの影響は大きいのでその適性テストをします。数年前からこのようなマネキンを用いています。人間と同じ吸音をするように服を着せてあります。これで人が観客にいる時といない時の測定が出来ます。」

音響設計家はどうやってホールを作るのか。そもそも音響とは。

ラインホルトさん
「音響とは単純なもので、光の拡散に例えられます。一本の光線に鏡を向けたら、光はある角度で鏡に差し込み、それと同じ角度で反射する。音も同じで、我々はその研究をしています。音のエネルギーがどこへ向かうかを見て、壁面を傾けたり曲げたりして、エネルギーを分散させる。このような簡単な方法でホールの音の配分を最適にすることができます。」

はじめに音ありき。グラスの水の波紋のように音は周りに伝播する。楽器を演奏すると音が空気を押し、気圧を高める。高い気圧の層は秒速343mの速さで周りに広がっていく。

反射されることなくまっすぐ耳に届く音を直接音と言う。

ラインホルトさん
「直接音を聞かないと、音源を特定できません。演奏者と観客は視覚的に結ばれていなければならず、そのためには客席を少し高くする必要があります。それから最初の反射音が届きます。天井や側壁から来るものです。」

つまり音の反射が残響を生むのだ。残響の長さはホールの音響の重要な要素となる。

ラインホルトさん
「残響時間とは音が消えるまでの時間です。広い空間で手を叩いたら、広い長い残響があります。5から7秒、大きな教会なら10秒でも。でもこの反響室で叩いたらほとんど音が残りません。残響が短いのです。」


音楽ホールの理想の残響時間は約2秒。歌劇場の場合は少し短いが、短すぎるとだめだ。

ベルリン国立歌劇場は7年の改修を経て、2017年に再オープンした。縮尺1/10の模型の中にラウテンバッハさんが入ってくる。

全面改修はあらゆる点で挑戦だった。最先端の技術の導入もだが、音響の改善は最初から悩みの種だった。

音響設計家マルグリート・ラウテンバッハさん
「天井を高くして反響スペースを設けました。空間を広げ、残響時間を長くするためです。このグレーの部分を新たに加えたわけで、文化財建築としてはかなり大胆な改修でした。」

問題を解決したのはフェアカンメンさんだ。音響改善のため天井5m上げ、空間容積を1/3増やして9500立方メートル追加した。

反響スペースには白い格子を並べた。セラミックス製で26枚あり、観客の頭の上に美しいドームを形作っている。努力の甲斐はあった。

音響設計家マルティン・フェアカンメンさん
「以前の残響は1.1秒でむしろ演劇向きでしたが、今は1.6秒でかなり長くなりました。オペラには理想的です。オペラはもともと音楽体験と言語理解の組み合わせなのです。」

改修後の国立歌劇団の音響の素晴らしさは 再オープン時の舞台で、観客も出演者も実感した。一番の変化は残響時間だが、音響設計家が重視するのはそれだけではない。彼らは建物の壁を丹念に見て、その反射や音への影響を調べる。

フェアカンメンさん
「全ての壁板の模様は変えずに一新しました。ホール内の壁には新たに板を足して非常に重い壁にしました。低周波の音もよく反射するようにです。こうした布は音を吸収する危険がありますが、壁にしっかり貼り付けたので問題なく反射します。見た目は以前と同じようでも、音の響きは全く違います。」

座席の材料は軽視されがちだが、ホールや劇場の音響に多大な影響がある。

フェアカンメンさん
「座席は大きな課題でした。音の吸収を抑えたかったのですが、人の座る椅子はかなり音を吸収します。一方でオペラは長時間かかるので、観客は快適な座席を求めます。そこでクッション性を出しつつも、音の吸収を減らす工夫をしたところ、新しい座席は以前よりずっと良いものになりました。」


今日はここまで。

音響設計家の豊田泰久さんは、1952年広島県福山市に生まれ。両親が音楽が好きで、家でシューベルトの未完成交響曲のレコードを聴いて衝撃を受け、そこからクラシックの世界にのめり込んでいきました。中学・高校と吹奏楽部に入り、弦楽部と合同でオーケストラを編成して演奏するとき、サクソフォンのパートがなかったので、オーボエを演奏することもあったそうです。高校卒業後は、プロの音楽家としてやっていくのは無理だろうと諦め、それでも音楽に近い職業に就きたいとは思っていました。もともと理数系だったので、そのあたりを兼ね備えた職業として浮かんできたのが音響設計家だったそうです。しかしホールの音響設計は今以上にマイナーな仕事で、当時の豊田さんはどんな仕事かよく理解していなかったといいます。

豊田さんが手掛けた日本のホールとして代表的なのは何と言ってもサントリーホール。

他にも福島市音楽堂、岡山シンフォニーホール、北九州市立響ホール、ふくやま芸術文化ホール、京都コンサートホール、長岡リリックホール、札幌コンサートホールも手掛けています。


そして、イェンス・プリュッカー、フェアカンメン、ラウテンバッハ…。もう誰が誰だか書いててわかんなくなちゃいました。


明日に続きます。

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