2019年5月25日放送 Eテレ・SWITCHインタビュー 指揮者:大野和士×作家:原田マハ(1)『アンリ・ルソーの”夢”から構想を得た小説、楽園のカンヴァス。』

私の大好きなEテレの番組。SWITCHインタビュー。今回は世界的指揮者の大野和士(かずし)さんと、作家の原田マハさんとの対談。2月に放送されて、再放送のやつを見ました。
全4回に渡って書きます。それでは行きますよ。


日本が世界に誇る世界的指揮者、大野和士。20代でヨーロッパのオーケストラの常任指揮者となるなど、早くから活躍。

現在はスペインのバルセロナ交響楽団で音楽監督を務めている。大野が得意とするのはオペラ。ミラノスカラ座など名門歌劇場で聴衆をうならせてきた大野。

5カ国語を自在に操り、細かいニュアンスに至るまで指示を出す。

そんな世界のマエストロが会うことを熱望したのは、作家の原田マハさん。
美術館の学芸員だった経歴を生かし、アートを題材にした数々の小説を発表している。

ピカソの名画がテーマのサスペンス『暗幕のゲルニカ』。現代アートを巡るアドベンチャー小説『アノニム』。中でも代表作と言えるのが山本周五郎賞を受賞し、大きな話題となった『楽園のカンヴァス』だ。

日本・アメリカ・ヨーロッパを舞台に実在する作家や絵画など、フィクションを織り交ぜながら描くミステリー。この作品の大ファンだという大野は「原田の発想の源についてじっくり話を聞いてみたい」と言う。


大野さん
「書いてあることが真実なんだか彼女の脚本だか分からない。それがものすごくスリルがあって、今回こういう機会を得て、是非もっと詳しくお話を聞きたい。」

マハさん
「世界のマエストロ大野和士さんからご指名を受けたということで、ちょっとドキドキしています。頭の中はどんな風になっているのか、どんな風に音を解釈して、それをオーケストラの中で作り上げていかれるのか、オペラに反映させていくのか、本当にもうミステリー。どうなってんのかなっていう。」

大野さん
「今から原田マハさんの事務所にお伺いします。本当に楽しみにしています。開けます。お久しぶりです。どうもこんにちは。」

マハさん
「ようこそ。お元気ですか?」

大野さん
「綺麗ですね。緑に囲まれて。」

マハさん
「はい。一応、ルソーの楽園のイメージ。」

大野さん
「ですよね?」

マハさん
「こんな小さなオフィスで書いております。」

大野さん
「いつもこのデスクで?私も座ってみていいかな?急に図々しくて。」

マハさん
「よかったら座ってみてください。」

大野さん
「こういう感じで?(紙にペンで書く仕草)こう?」

マハさん
「あの…、パソコンなんですけど…」

大野さん
「あ!そうかそうか!こっちね。(キーボードを打つ仕草)」


世界的指揮者と人気の作家が想像力の可能性について語り合います。

冒頭の挨拶から、大野さんパワー全開。


大野さん
「今日はインタビューということで原田さんのいろんなことを今日は聞かせていただきたいと思います。」

マハさん
「どうぞお手柔らかにお願いします。」

大野さん
「最初は美術館のキュレーターというような学芸員の仕事をされていたということなんですけれども。美術館のキュレーターっていうのは具体的にどういうことをするお仕事なんでしょうか?」

マハさん
「一つの展覧会を作り上げていくプロデューサーのような存在。かつ学術的にも非常に研究をされている専門家であるというのが一般的にはキュレーターっていう人なんですね。日本の場合は学芸員と訳されているんですけれども。」

大野さん
「そういうキュレーションというのはどこにどういう絵を置いて、どこのコーナーにどういう何号の絵を置く。そういうのってやっぱり技術・センスがいりますよね。」


マハさん
「そうですね。その入っていた人たちの 見え方が、どういう風に見えるかっていうのは結構重要な仕事で。展覧会の入り口から出口までのドラマを作る、オペラの世界のようなものかもしれません。立ち上がりがどうなのか、真ん中で盛りあげて、ここでちょっと静かにして、最後はこう導いていくっていうような。」

大野さん
「満足感を持って、出口に至るという。」

マハさん
「そうです。」

大野さん
「やっぱり寂しく出口に至る時もありますからね。

マハさん
「はい、寂しくね。」


1962年原田は東京に生まれた。幼い頃から絵を描くのが好きで、将来は画家や漫画家になりたかったと言う。大学時代、原田は一人の画家の作風に衝撃を受ける。

19世紀後半から20世紀初頭にパリで活動した画家アンリ・ルソー。『素朴派』と呼ばれ、ピカソに大きな影響を与えた。

一見、平面的で稚拙さが絵画の常識にとらわれない自由な作風に原田は魅力を感じたと言う。


マハさん
「なんかこの人、ぱっと見めちゃくちゃ下手だけど、何かあるな。ものすごく引き込まれて。将来、自分の何かクリエーションの中に取り込んで、勝手にコラボができないかなというのは、二十歳ぐらいの時からずっと思ってたんです。それが何になるかわからなかったけど。だからずっと思い続けてきました。」

大野さん
「そして小説が初めて生まれたのっていうのはいつ頃なんですか?最初に志した時から。」

マハさん
「そうですね。しばらくの間MoMA(ニューヨーク近代美術館)に勤めてたことがありまして。ちょっと冷静になって考えてみたら、『ちょっと待てよ。アンリ・ルソーの絵があるよね』って。もちろんルソーのことはずっと心の中にあったんだけれども、キュレーターの仕事をしていたものですから、しばらくそれを自分の創作の中に取り込むことを忘れていた。それで急に思い出して、毎日毎日『夢』を見たんですよ。『夢』という作品がルソーの大作があるんですけれども、この1910年ルソーの最晩年の大作を毎日見れて、『これ、まもなく命を終えようとしている人が描いた絵かな?』っていうぐらいすごい壮絶な絵。 壮絶という意味では壮絶な美しい絵。バランスも構成力もエネルギーも満ち溢れていて、ルソーが描いたんじゃないんじゃないのって、その時にちょっと思ったぐらい。不思議なほど完成度の高い絵。」

大野さん
「その時にはどのくらいの時間、目の前にいた?」

マハさん
「毎日行ってたので、本当に3分とか5分とか挨拶しに行くような。やっぱり毎日毎日見てるといろんなことが見えてくるんですよね。疑問も出てきたし、謎も見えてきたし、自分なりの結論みたいなのも出てきたし。もしかしたら、私に書けということかなという風にその時に思いまして。『いつかこれを必ず自分の創作に取り込むものにしよう。そのオリジンにしよう』というふうに決めて。それで『夢』という作品と向かい合い続けたということがあったので、これをまたベースにして、何かミステリー仕立てのものをにできないかなというのはちょっと思ったんですね。」


ニューヨーク近代美術館でルソーの『夢』と出会ってから12年後。ついに原田はこの絵画をテーマにした小説を発表した。

その作品が『楽園のカンヴァス』。
物語には『夢』によく似た1枚の絵が登場する。この絵が本物か偽物か、二人のルソー研究者が見極めていくスリリングなミステリーだ。小説は美術館に勤める主人公が見つめる、ある一枚の絵の描写から始まる。


大野さん
「まず第一行目に出てくるのが美術館の中で、絵画の監視をしている人の話が出てきますよね。そこがまずはこういう人に光を当ててこれからどうなるんだろう?」

マハさん
「史実とフィクションを完全にミックスですから、たとえば冒頭の一行目に出てくるのはシャヴァンヌというフランスの画家の『幻想』という作品が登場してくるんですけれども、これは実在する岡山の倉敷にあります大原美術館という美術館が舞台となって出てくるので、これらのことは全部本当のことだけど、人物はフィクションなんですね。ですから、読者の方々によく聞かれるんですよ。『どこまでがフィクションで、どこからがノンフィクションですか?』これは私が最初から狙っていたところで、あくまでもシームレスにするのが非常に重要。」


物語が進むとピカソのアトリエ、洗濯船(
バトー・ラヴォワール Bateau-Lavoir、貧しい芸術家たちが共同生活をしていた安アパート)をルソーが訪ねる。
史実とも想像とも取れる場面が描かれる。


大野さん
「例えばピカソの住んでたところが洗濯船。その中にネクタイを締めてやってきたのがルソーってのがありますけど、あれはそうなんですか?」

マハさん
「あれは洗濯船でどんちゃん騒ぎがあった。そのパーティーにネクタイを締めてヴァイオリンを持って、ひょこひょこやってきたのがアンリ・ルソー。これは本当の話。いろんな人の証言も文献も残っていて、 1908年に行われたたった一夜のパーティーだった。こんな奇跡のような一夜があった。たった一夜ですよ。奇跡のような一夜があったというのは、私いつも思い返して『その場にいたかった』と何度思ったかわかりません。それは本当に二十歳の頃からずっとずっと思い続けて。」


そして物語終盤、ルソーの絵の中に貴重なピカソの絵が隠されているのではないかという場面があります。
X線検査をやるのか、MoMAの夢こそがルソーとピカソのダブルワーク(二重作品)なのかどうか。原田は大胆なストーリーで物語を盛り上げていく。


大野さん
「少しずつ少しずつ少しずつ、あのねフィナーレに向かってね、緊迫していくんですよ。それはどういうことかって言うと、最後に贋作か真作なのか本当なのか。そういうのがズンズンズンズンと私の中でね、コントラバスでドンドンドンドン低い音を聞かせて、バンバンバンバン。そしたらハイファットのシンバルがザッツザ。これね、盛り上がってくるんですよ。それも考えてらっしゃるんですか?」

マハさん
「自分の小説なんですけど、ものすごく音で聞こえた気がしました。ありがとうございます。そうですね、やっぱりどこで盛り上げていくかっていうのは、最後にカタルシスがあってほしい。ひとつの楽曲を仕上げる時とちょっと近いものがある。月刊誌で連載していたので、翌月に読みたい感じにして終わるっていうのは結構好き。1回の章ごとにプチカタルシスを作る。あるいは謎めいたことがあって、それが次につながっていく。あるいはちょっとだけ出てきた人が次の章で出てくる、っていう風に小出しにすることによって読者に気付かせる 。読者がこれをどう読むかを意識しながら、だんだん徐々に盛り上げて行って。」

大野さん
「そこでコントラバスが来るわけですね。」

マハさん
「そうですね。コントラバスがザンザンザンザン。本当に最後に大野さんがなさってるみたいに指揮をバッと振り上げて『あっ』ていう感じで終わったらいいなと思いながら。」


大野さんがマハさんの小説をコントラバスやシンバルの例えだしたときに本当にオーケストラの風景と音が聞こえてきました。

すごい。さすがマエストロ。


実は小学校の図工の授業で、ルソーの作品を模写したことがあって、作品名はわからないけど、ジャングルの中に動物が何匹かいる縦長の絵。
他にもゴーギャンやピカソも選べたけど、ルソーの絵だけ違和感がすごくて、気になったのでルソーの絵を選択しました。それを1週間ほどかけて仕上げるのですが、見ているうちに平面的に見えるけど、実は緑や闇がすごく奥行きがあって、描いているうちに自分がそのジャングルにいて、その風景を見てるような錯覚になったことを今でも覚えています。それぐらい個性的でハマったら抜け出せない不思議な印象の絵でした。

私、原田マハさんのお兄さんである原田宗典さんの作品に大学時代にどハマリして、『十七歳だった!』を皮切りにめちゃくちゃ読み漁りました。マハさんの作品は恥ずかしながらまだ読んだことがないのですが、経歴や作品の内容が気になったので、図書館で何冊か予約しました。

インタビューとかドキュメンタリーって、重い腰を上げないとなかなか見られない性格なのですが、見はじめてよかった。
大野和士さん目的で見始めたけど、原田マハさんの小説があまりにも興味をそそるもので、楽しみがまた一つ増えました。

明日は『ゴッホを題材にしたマハさんの小説。たゆたえども沈まずについて』の記事です。それではまた明日。

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