2019年5月25日放送 Eテレ・SWITCHインタビュー 指揮者:大野和士×作家:原田マハ(2)『ゴッホを題材にした小説。たゆたえども沈まず』

さぁ、昨日の続きです。

美術館のキュレーター出身の作家、原田マハさん。ゴッホにまつわる自身の小説の話。


絵画の魅力を文章で表現する達人、原田マハ。その秘密はどこにあるのだろうか。


大野さん
「絵を見た時にマハさんの中には何かしら絵を語る準備というのが、頭の中であるいは心の中で瞬時にして言葉が浮かんでくる?」

マハさん
「瞬時に浮かんだらどんなに良いかと思いますけどね。全く瞬時には浮かばなくて、アートと対峙してる時って本当にいい『気』が流れている。私にとってやっぱりアートって非常に友達のような親しい存在。そして尊敬する存在で、アートを見てる時は何も言葉はない。本当に何もない。もうただただ向き合って、なんかこう交信してるような、コンタクトしているような感じだから。それはもしかすると、大野さんが指揮をなさっている時に、作曲家とコンタクトするような瞬間に近いものがあるのかもしれないんですけど。ただ自分でいつも小説を書くときに難しいことしているなって思うんですね。つまりアートって文章にするものじゃない。アートって何かって言うと、もう見てもらえればそれでいいものなんですね。それをあえて文章にしなくちゃいけないってのは、難しい事をしてるなっていつも書くときに思います。」

大野さん
「ただね、書いてる文章の中にやはり絵画であるからにおいてはですよ、色っていうものを出していかなければいけないこともあると思うんですけど、そういう意味でのご経験というのはどうですか?」

マハさん
「例えばモネの作品なんて、本当にきらめく光と色彩、あれはもうどんな言葉を尽くしても書くことはできないというふうに思うんですけれども。それでも例えば『この青い空を写した水鏡』といえば多分読んだ人の心には、青空が広がるし。『その水鏡の上にぽつりぽつりとともった白い花』と言うと、なんかその睡蓮の絵がふっと浮かんでくるような、そういう風に読者のビジュアルを心の中で再生させるための文章でありたいなという風に思います。」

大野さん
「ちょっとした表現の中にもですね、立体的な絵として出てくる描写がよく見かけられるんですけれども、いわゆる書いてらっしゃる時にその中のイメージっていうのをお持ちでいつもお書きになるんでしょうか?」

マハさん
「書いてるうちになんかこうだんだんカメラみたいなものが動き始めて、まるで自分が監督になったみたいなそういう気持ちで書いていることがよくありますね。だから私の小説を読んでいると、情景描写で映像が浮かぶという風に言っていただくことが多いんですけれども。それは私自身にカメラアイのようなものがあります。」

原田の小説の世界を支えるのは徹底的な取材だ。世界中の美術館へ足を運ぶだけでなく、主人公となる人物の足跡をたどり訪ね歩く。そんな原田でもずっと書けなかったテーマがある。孤高の天才、画家フィンセント・ファン・ゴッホ。


大野さん
「ゴッホに関してはですね、温めていたということはもちろんおありなんでしょうか?」

マハさん
「ゴッホはちょっと火傷するな、壮絶な人生を送って、それで最後にはピストル自殺してしまうっていう彼の生き様みたいなものが結構先行して。ちょっとやりすぎるとこっちがやられちゃうかなっていう感じがちょっとしていたんですね。長らくアンタッチャブルな存在だったんですよ。」

2017年、原田はそれまで避けていたゴッホをテーマにした作品を発表する。『たゆたえども沈まず』。

舞台は19世紀後半のパリ。放浪のすえ、パリにたどり着いたゴッホと彼を支える弟のテオが浮世絵の画商・林忠正(はやしただまさ)に会う。この出会いによってゴッホは傑作生み出すことになると言う物語。

マハさん
「実はこの林忠正を小説にしようと思っていたので。書いてると、19世紀末にたった一人でフランスのパリに行って、浮世絵とか日本画をたくさん売りさばいた人なんですね。この日本の美術を広めることによって、この後に続くモダンアーティストたちの新しい美術に対する目を開かせたっていう非常に重要な人物ですね。1886年にゴッホはオランダにいたんですけども、パリにいたテオのところに転がり込んでで。そこからゴッホはパリで活動始めるんですけど。もう浮世絵大好きでだから、これはもしかすると忠正と接触してたんじゃないかなという風に思ったわけなんですね。それで書くことになったんです。」

大野さん
「本の中にね、ゴッホ自身が浮世絵を模写するっていうのがたくさん出てきますが、あれも事実ですか?」

マハさん
「あれは全部本当です。それもよく知られていることで。ゴッホが日本美術に対して、深い愛情と興味を持っていたということはよく知られていることでして。彼の作品もパリに出てくる前のオランダ時代とガラッと変わるんですね。パリで最先端の美術に触れて。その当時の最先端の美術って何かと言うと、浮世絵だったんですね。もう浮世絵、日本美術に夢中になって。その日本美術の手法を何とか自分の作品の中に取り入れられないかということで、ものすごく彼は大きな挑戦をしたわけですね。」

浮世絵を熱愛し、日本へ行きたいというゴッホを林忠正が諭すということを原田は作品の中で書いている。そして忠正が「日本に行くのではなく、こっちで自分の美術を追求しなさいとゴッホに地図で示したのが南仏アルルだった。


マハさん
「その流れの中で、ゴッホはやがて南仏のアルルに行って、みなさんがゴッホといって思い浮かべるあの絵は、ゴッホの人生最後の四年間に制作された。そういうことに気がついて、これは面白いと思って。忠正とゴッホとテオが知り合いだったという私の完全な妄想なんですけれども。」

大野さん
「それがマハさんの言われる想像力。」

マハさん
「まぁ妄想力と言いますか、想像力の賜物ですよね。」

理想の家を求めてアルルへ行ったゴッホ。しかし次第に精神のバランスを崩し、自ら耳を切り落とすという事件を起こす。ある日、兄を心配する弟テオのもとに、ゴッホが病院で描いた絵が送られてくる。テオがそれを見て涙する場面。


マハさん
「大野さんにぜひここを読んで頂きたいんですけれど。」

原田は大野さんに朗読をリクエスト。


大野さん
「息を止めて、包み紙を広げる。現れたのは、星月夜を描いた一枚の絵だった。 明るい、どこまでも明るい夜空。それは、朝を孕んだ夜、暁を待つ夜空だ。」

テオが見たのは1889年に描かれたゴッホの名作・星月夜だった。大野さんの朗読が続きます。


大野さん
「この絵の真の主人公は、左手にすっくりと立つ糸杉だ。 緑の鎧のごとき枝葉を身にまとい、空に挑んでまっすぐに伸びるその姿は、確かに糸杉だった。けれど、糸杉ではなかった。 それは、人間の姿、孤高の画家の姿そのものだった。 孤独な夜を過ごし、やがて明けゆく空のさなかに立つ、ただひとりの人。ただひとりの画家。ただひとりの、兄。テオは、止めていた息を放った。涙があふれ、頬を伝って落ちた。」

マハさん
「素晴らしい(思わず拍手)。ありがとうございます。まさかマエストロに朗読していただけるとは。こんな幸せなことがあってよろしいんでしょうか。」

大野さん
「とんでもございません。これは続編ありますよね?」

マハさん
「それはね、今考えてますよ。」

大野さん
「なぜかと言うと、あの小説はゴッホとそれから弟さんのテオが亡くなって、そしてテオの若い奥さんのヨーでしたっけ?未亡人になるんですけど、ヨーという女性が一人残されたところでジエンド。これ、次にゴッホの絵がどうなったか知りたくなるんですけど。」

マハさん
「そうですよね。ふとちょっと考えてみると、『ちょっと待って。ゴッホって生前に確か絵が一枚しか売れなかったとかそういう画家だよね』と。それで一人きりになってしまったヨーが、一体どうやって逆転していったのかっていうのが、今すごく私が気になってるところで。結局彼女は逆転したんです。つまりゴッホを世界に認めさせた。だから彼女がゴッホを世界に認めさせるために戦いを挑んだんですね。この奇跡が私の中で物語が少しずつ動き始めようとしているところです。」

大野さん
「すぐにでも読みたいと思っちゃいますけども。」

マハさん
「ちょっと時間がかかる。展覧会と一緒で時間がかかります。」

大野さん
「どういうことかというとですね、ゴッホとテオと二人の男は私にしてみればね、フェードインのところは男二人の二重奏。その二重奏にまだうら若い未亡人が残ってるでしょ。この方がやっぱりソプラノ。で、もう1回出てきますよね。その小説が出来上がった途端にこれは男二人と天使のような作品を守ったソプラノと三人でオペラ作品になるじゃないですか。」

マハさん
「いいですね、お願いします。」

大野さん
「どうですか?そういう構想は。」

マハさん
「いいですね。そういう作品にしなくちゃいけないですね。なんかリクエストを頂いちゃったんで、是非そういう風にしたいですね。」

大野さん
「それを例えば作品に仕上げるためにどのくらいの調査と、どのくらいのまた期間の自分の中での温め方ってのが必要なんでしょうか?」

マハさん
「まず一つの作品に例えば『楽園のカンヴァス』の場合だったら、ルソーの『夢』という作品にフォーカスしましたけど。これはちょっとまだ秘密なんですけど、ある作品にフォーカスし始めていて、そのためにその作品の周辺の美術館とか、あるいはその来歴を今さかのぼって調べているところなんですね。」

大野さん
「次の作品を本当に心から楽しみに待っております。そして、その暁にはその是非オペラのね、夢をまた語りたいと思っております。はい!カット!」

(スタッフの笑い声)


さすがマエストロ!締めたがり!

明日は大野和士さんにSWITCHして『内戦の中、定期公演を続けた』内容の記事です。それではまた明日。

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